安土あづち桃山ももやま時代じだい キリシタンが描えがいた絵えか「受胎じゅたい告知こくち」など墨すみで

日本にっぽんにキリスト教きりすときょうが伝つたわって間まもない安土あづち桃山ももやま時代じだいに日本人にっぽんじんの信徒しんと、キリシタンが描えがいたとみられる宗教しゅうきょう画がが見みつかりました。聖書せいしょのさまざまな場面ばめんが和紙わしに墨すみで描えがかれているほか、ラテン語らてんごの祈いのりの言葉ことばも添そえられていて、専門せんもん家かは最もっとも初期しょきの信仰しんこうの様子ようすを知しる重要じゅうような発見はっけんだとしています。

この宗教しゅうきょう画がは、キリシタンをめぐる歴史れきし的てき資料しりょうを集あつめている神奈川かながわ県けん大磯おおいそ町まちの澤田さわだ美喜みき記念きねん館かんの収蔵しゅうぞう品ひんの中なかから見みつかり、横浜よこはま市し歴史れきし博物館はくぶつかんが専門せんもん家かなどと鑑定かんていしました。

和紙わしをつなぎ合あわせた幅はば22センチ、長ながさ３さんメートル余あまりの巻物まきもので、「受胎じゅたい告知こくち」や「聖霊せいれいの降臨こうりん」など、キリストと聖母せいぼマリアの生涯しょうがいの15の場面ばめんが墨絵すみえで描えがかれています。

かな文字もじで書かかれた文章ぶんしょうもあり、分析ぶんせきした結果けっか、「聖体せいたい秘蹟ひせきの連れんとう」と呼よばれるラテン語らてんごの祈いのりの言葉ことばを耳みみで聞き取ききとって書かき起おこしたものと分わかりました。

巻末かんまつには安土あづち桃山ももやま時代じだいにあたる「千せん五ご百ひゃく九きゅう十じゅう二に年ねん」と書かかれていて、和紙わしの成分せいぶんの分析ぶんせきからも16世紀せいき後半こうはんから17世紀せいき前半ぜんはんのものと分わかり、この年としに描えがかれた可能かのう性せいが高たかいということです。

この年としはキリスト教きりすときょうが伝つたわってから40年ねんしかたっておらず、日本人にっぽんじんの信徒しんと、キリシタンが見みよう見みまねで西洋せいようの宗教しゅうきょう画がを模写もしゃして祈いのりに使つかったとみられています。

この時期じきに日本にっぽん画風がふうの宗教しゅうきょう画がが描えがかれていたことはこれまで知しられていなかったということで、横浜よこはま市し歴史れきし博物館はくぶつかんの井上いのうえ攻おさむ副ふく館長かんちょうは「最もっとも早はやい時期じきのキリシタン絵画かいがとみられ、祈いのりの言葉ことばが添そえられた絵えが見みつかったのも初はじめてとみられる。当時とうじの庶民しょみんの信仰しんこうを知しる上うえで重要じゅうような発見はっけんだ」と話はなしています。

聖母せいぼマリアの生涯しょうがい描えがく

今回こんかい見みつかった宗教しゅうきょう画がは、キリストと聖母せいぼマリアの生涯しょうがいを「聖母せいぼの喜よろこび」「聖母せいぼの悲かなしみ」「聖母せいぼの栄光えいこう」の３みっつのテーマに分わけ、それぞれ５ご場面ばめんずつ、合あわせて15の場面ばめんを描えがいています。

一方いっぽうで、ところどころに独自どくじの解釈かいしゃくも見みられます。

「キリストの誕生たんじょう」の場面ばめんは、聖書せいしょでは誕生たんじょうしたキリストが家畜かちくの餌えさを入いれる「おけ」に寝ねかされたと記しるされているのに対にたいし、今回こんかいの墨絵すみえでは台だいの上うえに寝ねかされています。

「むち打むちうち」の場面ばめんは、多おおくの西洋せいよう絵画かいがではキリストは裸はだかで柱はしらに縛しばりつけられていますが、今回こんかいの絵えでは服ふくを着きたまま木きの幹みきに縛しばりつけられています。

「キリストの復活ふっかつ」の場面ばめんは、墓はかから立ち上たちあがったキリストに驚おどろく兵士へいしが描えがかれていますが、腰こしには刀かたながひもでつるしてあり、これは戦国せんごく時代じだいの武士ぶしに多おおく見みられた姿すがただということです。

一方いっぽう、十字架じゅうじかにはりつけにされたキリストを描えがいた「磔刑たっけい」の場面ばめんは、キリストの部分ぶぶんが消きえかけていて、信徒しんとが祈いのりをささげながらここをこすったとみられています。

また、かな文字もじの文章ぶんしょうは冒頭ぼうとうに「きりゑれいそんきりしてれいそん」と書かかれ、これをラテン語らてんごとして読よむと「主おもよ、あわれみたまえキリストよ、あわれみたまえ」と解釈かいしゃくできるということです。

中盤ちゅうばんの「はあにすひんきすゑはてるしゑれいくん」と書かかれた部分ぶぶんは「豊ほうじょうなパン、王おうたちの宝たからよ」と解釈かいしゃくでき、パンをキリストの体からだとする祈いのりを示しめしています。

15の場面ばめんを描えがいた宗教しゅうきょう画がは日本にっぽんではこれまでに３さん点てんが見みつかっていますが、いずれも西洋せいよう画風がふうなのに対にたいし、今回こんかいの絵えは墨すみで描えがかれ、より庶民しょみん的てきなほか、祈いのりの言葉ことばが添そえられたものが見みつかったのは初はじめてです。

さらに、祈いのりの内容ないようは「聖体せいたい秘蹟ひせきの連れんとう」と呼よばれるもので、日本にっぽんでの発見はっけんは２に例れい目めだということです。

岩崎いわさき弥太郎やたろうの孫まご 澤田さわだ美喜みきさんが収集しゅうしゅう

今回こんかいの宗教しゅうきょう画がは、実業じつぎょう家かの岩崎いわさき弥太郎やたろうの孫まごで、キリスト教きょうの信徒しんととして児童じどう養護ようご施設しせつを設立せつりつしたことで知しられる澤田さわだ美喜みきさんが生前せいぜんに集あつめた資料しりょうの中なかから見みつかりました。

澤田さわださんは外交がいこう官かんの夫おっとと共とともに欧米おうべいでの生活せいかつを経験けいけんし、昭和しょうわ11年ねん、アメリカから帰国きこくする船ふねの中なかで隠かくれキリシタンに関にかんする本ほんを読よんだことがきっかけで、キリシタンに関心かんしんを持もちます。

しかし、その歴史れきし的てきな資料しりょうが守まもられることなく散逸さんいつしていることを知しり、九州きゅうしゅうなどで収集しゅうしゅうに乗り出のりだしました。

およそ５ご年ねんかけて1000点てんほどを集あつめましたが、資料しりょう館かんを作つくって収蔵しゅうぞう品ひんを展示てんじしようとしたやさきの昭和しょうわ55年ねんに急死きゅうしし、多おおくの資料しりょうが整理せいりされずに残のこされたということです。

今回こんかいの宗教しゅうきょう画がは、その後そのごに作つくられた「澤田さわだ美喜みき記念きねん館かん」が資料しりょうを整理せいりする中なかで見みつかり、当初とうしょは歴史れきし的てき価値かちが分わかりませんでしたが、横浜よこはま市し歴史れきし博物館はくぶつかんのほか、和紙わしの年代ねんだい測定そくていを行おこなった民間みんかんの分析ぶんせき会社かいしゃ、それに祈いのりの言葉ことばや宗教しゅうきょう画がの型式けいしきなどの分析ぶんせきにあたった複数ふくすうの専門せんもん家かなどの協力きょうりょくで、重要じゅうようなものと確認かくにんされたということです。

澤田さわだ美喜みき記念きねん館かんの西田にしだ恵子けいこ館長かんちょうは「キリシタンの歴史れきしを何なんとか残のこそうと、特権とっけん階級かいきゅうのものだけでなく庶民しょみんの遺物いぶつも分わけ隔へだてなく集あつめた澤田さわだの強つよい思おもいと行動こうどう力りょくがあったからこそ今回こんかいの発見はっけんにつながったと思おもう」と話はなしています。

カトリックの「聖母せいぼ崇拝すうはい」の影響えいきょう

日本にっぽんにキリスト教きりすときょうが伝つたえられたのは戦国せんごく時代じだいの1549年ねん。

カトリック教会きょうかいの修道しゅうどう会かい、イエズス会かいのフランシスコ・ザビエルが日本にっぽんで布教ふきょうを始はじめたのが始はじまりとされています。

当時とうじ、ヨーロッパでは宗教しゅうきょう改革かいかくが起おき、聖母せいぼマリアの崇拝すうはいを廃止はいししたプロテスタントに対抗たいこうし、カトリックは聖母せいぼマリアを強つよく崇拝すうはいする姿勢しせいを打ち出うちだします。

アジアや南みなみアメリカでの布教ふきょうも強化きょうかし、聖母せいぼマリアの生涯しょうがいの15の場面ばめんを絵えにして誰だれでも祈いのりやすくするなど、聖母せいぼマリアの崇拝すうはいを世界せかい各地かくちで推し進おしすすめ、今回こんかい見みつかった絵えにもその影響えいきょうが見みられます。

一方いっぽうで今回こんかいの絵えが描えがかれたと見みられる16世紀せいきの終おわりは日本にっぽんでキリスト教きりすときょうへの迫害はくがいが徐々じょじょに強つよまった時期じきにあたり、その後そのご、江戸えど時代じだいに入はいった1612年ねんに禁教きんきょう令れいが出だされてキリスト教きょうが禁きんじられます。

この結果けっか、それまでに日本にっぽんで生うまれたキリスト教きょう関連かんれんの絵えや文書ぶんしょの多おおくが失うしなわれたということです。

信徒しんとたちの中なかにはいわゆる「隠かくれキリシタン」となる者ものもいて、1873年ねんに明治めいじ政府せいふが禁教きんきょう令れいを解とくまでの260年ねん余あまりにわたり、ひそかに信仰しんこうを守まもり続つづけることになります。

ソース：NHK ニュース