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全文ぜんぶん愛子あいこさま 卒業そつぎょう文集ぶんしゅう平和へいわへのおもしる

2017-03-22 03:28:28

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愛子あいこさまは、学習がくしゅういん女子じょし中等ちゅうとう卒業そつぎょう文集ぶんしゅうで、「世界せかい平和へいわねがって」とだいして、去年きょねん修学しゅうがく旅行りょこう広島ひろしま平和へいわ公園こうえんおとずれた経験けいけんをもとに「平和へいわ」へのおもいをしるされました。
このなかで、愛子あいこさまは、「原爆げんばくドームをまえにしたわたしは、突然とつぜんあしうごかなくなった。まるで、なないちねんまえ8月はちがつろくにち、そのその自分じぶんがいるようにおもえた」と当時とうじ心境しんきょうかしたうえで、「原爆げんばくなんじゅうまんにんというひといのちうばったことに、いかりとかなしみをおぼえた」と振り返ふりかえられました。

一方いっぽうで、愛子あいこさまは、原爆げんばく慰霊いれいまえから、「平和へいわあかりともしび)」のこうに原爆げんばくドームがえたさい、「間近まぢか悲惨ひさん原爆げんばくドームとはちがって、みなふかねがいやおもいがアーチのなかつつまれ、原爆げんばくドームがまもられているようにおもわれた。「平和へいわとはなにか」ということをかんがえる原点げんてんがここにあった」としるされました。

そして、「唯一ゆいいつ被爆ひばくこくまれたわたしたち日本人にっぽんじんは、自分じぶんて、かんじたことを世界せかいひろ発信はっしんしていく必要ひつようがあるとおもう。『平和へいわ』は、人任ひとまかせにするのではなく、一人ひとりひとりのおもいや責任せきにんある行動こうどうきずきあげていくものだから」とまとめられました。

世界せかい平和へいわねがって たかしみや 愛子あいこ

 卒業そつぎょうをひかえたふゆあさ急ぎ足いそぎあし学校がっこうもんをくぐり、ふとそら見上みあげた。くもひとつない澄み渡すみわたったそらがそこにあった。家族かぞく見守みまもられ、毎日まいにち学校がっこうまなべること、友達ともだちっていてくれること…なんてしあわせなのだろう。なんて平和へいわなのだろう。あおそらて、そんなことをこころなかでつぶやいた。このようにわたし意識いしきおおきくわったのは、中3ちゅうさん5月ごがつ修学しゅうがく旅行りょこう広島ひろしまおとずれてからである。
 原爆げんばくドームをまえにしたわたしは、突然とつぜんあしうごかなくなった。まるで、なないちねんまえ8月はちがつろくにち、そのその自分じぶんがいるようにおもえた。ドームがた鉄骨てっこつ外壁がいへき一部いちぶだけがいまのこっている原爆げんばくドーム。写真しゃしんたことはあったが、ここまで悲惨ひさん状態じょうたいであることに衝撃しょうげきけた。平和へいわ記念きねん資料しりょうかんには、げた姿すがたくなっている子供こどもかかえていたお弁当べんとうばこ熱線ねっせん放射能ほうしゃのうによる人体じんたいへの被害ひがい後遺症こういしょうなど様々さまざま展示てんじがあった。これが実際じっさいきたことなのか、とわたしうたがった。平常へいじょうしんることはできなかった。そして、なによりも、原爆げんばくなんじゅうまんにんというひといのちうばったことに、いかりとかなしみをおぼえた。いのちたすかっても、家族かぞくうしない、ささえてくれるひとうしない、きていく希望きぼううしない、人々ひとびとはどのような気持きもちで毎日まいにちごしていたのだろうか。わたしには想像そうぞうもつかなかった。
 最初さいしょなないちねんまえ8月はちがつろくにち自分じぶんがいるようにおもえたのは、被害ひがいにあった人々ひとびとくるしみ、無念むねんさがつたわってきたからにちがいない。これは、本当ほんとう原爆げんばくちた場所ばしょ実際じっさいなければかんじることのできない貴重きちょう体験たいけんであった。
 その週間しゅうかんアメリカオバマ大統領だいとうりょう広島ひろしま訪問ほうもんされ、「ともに、平和へいわひろめ、核兵器かくへいきのない世界せかい追求ついきゅうする勇気ゆうきとう」といた。オバマ大統領だいとうりょうは、みずからのった折り鶴おりづるに、そのおもいをめて、平和へいわ記念きねん資料しりょうかんにそっといていかれたそうだ。わたしたちもみなってつなげた千羽鶴せんばづる手向たむけた。わたしたちの千羽鶴せんばづるほか、このおとずれたおおくの人々ひとびとささげた千羽鶴せんばづる世界中せかいじゅうからとどけられた千羽鶴せんばづる沢山たくさん折り鶴おりづるたときに、みなおもいはひとつであることにあらためてづかされた。
 平和へいわ記念きねん公園こうえんなかで、ずっとつづけている「平和へいわあかり」。これには、核兵器かくへいき地球ちきゅうじょうから姿すがたまでやしつづけようというねがいがめられている。このあかりは、平和へいわのシンボルとして様々さまざま行事ぎょうじ採火さいかされている。原爆げんばく死没しぼつしゃ慰霊いれいまえったとき、平和へいわあかりこうに原爆げんばくドームがえた。間近まぢか悲惨ひさん原爆げんばくドームとはちがって、みなふかねがいやおもいがアーチのなかつつまれ、原爆げんばくドームがまもられているようにおもわれた。「平和へいわとはなにか」ということをかんがえる原点げんてんがここにあった。
 平和へいわねがわないひとはいない。だから、わたしたちは度々たびたび平和へいわ」「平和へいわ」とくちしてう。しかし、世界せかい平和へいわ実現じつげん容易よういではない。いまでも世界せかい各地かくち紛争ふんそうくるしむ人々ひとびと大勢たいせいいる。では、どうやって平和へいわ実現じつげんしたらよいのだろうか。
 何気なにげなくあおそら。しかし、そらあおいのは当たり前あたりまえではない。毎日まいにち不自由ふじゆうなく生活せいかつができること、あらそいごとなく安心あんしんしてらせることも、当たり前あたりまえだとおもってはいけない。なぜなら、戦時せんじちゅう人々ひとびとは、それが当たり前あたりまえにできなかったのだから。日常にちじょう生活せいかつひとつひとつ、ひとからの親切しんせつひとつひとつに感謝かんしゃし、ひとおもいやるところから「平和へいわ」ははじまるのではないだろうか。
 そして、唯一ゆいいつ被爆ひばくこくまれたわたしたち日本人にっぽんじんは、自分じぶんて、かんじたことを世界せかいひろ発信はっしんしていく必要ひつようがあるとおもう。「平和へいわ」は、人任ひとまかせにするのではなく、一人ひとりひとりのおもいや責任せきにんある行動こうどうきずきあげていくものだから。
 「平和へいわ」についてさらにかんがえをふかめたいときには、また広島ひろしまおとずれたい。きっとこたえのがかりがなにつかるだろう。そして、いつか、そうとおくない将来しょうらいに、核兵器かくへいきのない世の中よのなか実現じつげんし、広島ひろしまの「平和へいわあかり」のあかりされることをこころからねがっている。
          
ソース:NHK ニュース