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弘之(おう こうし、365年 - 427年)は、東晋から南朝宋にかけての隠者。字は方平。本貫は琅邪郡臨沂県。 上虞県令の王随之(王廙の子の王耆之の子)の子として生まれた。幼くして父を失い、母方の祖父の何準に養育された。東晋の隆安年間、琅邪王司馬徳文の下で中軍参軍となり、司徒主簿に転じた。烏程県令の任を猟官
楊 弘(よう こう、? - 大業3年3月6日(607年4月8日))は、中国の隋の皇族。河間王。字は辟悪。文帝楊堅の従祖弟にあたる。 楊元孫(楊忠の叔父の楊愛敬の子)の子として生まれた。北斉統治下の鄴に住んでいたが、楊忠の親族であることを知られるのを恐れ、祖母の郭氏の姓を称した。楊
山王町(さんのうちょう)は、青森県弘前市の地名。郵便番号は036-8341。2017年6月1日現在の人口は532人、世帯数は289世帯。 土淵川沿い西側、田茂木町裏手に位置し、市営団地を擁する住宅地。北は田茂木町、河川をはさんで東は北横町、東南は和徳町、南から西にかけて笹森町に接する。 1985年(昭和60年) -
弘法大師の略。