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寺621坊中の一寺で、康平6年(1063年)6月に覚円が同寺中の金堂裏に開基した。永治元年(1141年)、延暦寺山徒によって園城寺が炎上した際、法禅院大信房遁れてその本尊聖観世音像を鈴鹿山北麓の飯道に移したが、正平6年/観応2年(1351年)に義然が源義仲の墓地にある義仲庵に移して安置し、のちまもな
経覚(きょうかく/ぎょうかく、応永2年(1395年)- 文明5年8月27日(1473年9月19日))は、室町時代の法相宗の僧侶。父は関白・九条経教、母は浄土真宗大谷本願寺(後の大谷家)の出身。母方の縁で後に本願寺8世となる蓮如を弟子として預かり、宗派の違いを越えて生涯にわたり師弟の関係を結んだ。興
円覚寺(えんがくじ)は、神奈川県鎌倉市山ノ内にある寺院。正式には瑞鹿山円覚興聖禅寺(ずいろくさんえんがくこうしょうぜんじ 山号: 瑞鹿山)と号する。臨済宗円覚寺派の大本山であり、鎌倉五山第二位に列せられる。本尊は宝冠釈迦如来、開基は北条時宗、開山は無学祖元である。
覚海円成(かくかいえんじょう、生年未詳 - 康永4年/興国6年8月12日(1345年9月9日))は、鎌倉時代末期から南北朝時代初期にかけての女性。安達氏の一族で安達(大室)泰宗の娘。鎌倉幕府9代執権北条貞時の側室。北条氏最後の得宗、北条高時の母。子は他に泰家など。覚海円成