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1979年(昭和54年)7月8日 (正六位) 椎名悦三郎(外務大臣) 1979年(昭和54年)9月30日 (正四位) 星島二郎(衆議院議長) 1980年(昭和55年)1月3日 (正五位) 天野貞祐(文部大臣) 1980年(昭和55年)3月6日 (従三位) 中山伊知郎(一橋大学長) 1980年(昭和55年)4月9日
従八位(じゅはちい)は、日本の位階における位の一つ。正八位の下、大初位または正九位の上の位階である。 律令制においては、さらに従八位上と従八位下の二階に分けられた。従八位は、中務省の少典鑰、治部少解部、刑部少解部などに相当する。 明治時代初期の太政官制においては上下の別がなくされた。従八位は、神祇官の史生、太政官の官掌などに相当する。
公家大名といわれた、土佐一条氏では一条房基、一条兼定が従三位に叙せられた。また、伊勢の北畠氏は最低でも従四位下以上の位を誇り正三位まで昇る例が多く、最後の当主、北畠具教が生涯従三位であった。また、北畠氏の一門 木造俊茂も従三位に叙せられている。飛騨国司の姉小路氏も代々家格が高く姉小路家綱などが従三位に叙せられている。
いった。特に三管領四職を務める足利一門や有力守護、或いは名門たる守護の家柄が従四位下に叙せられた。 戦国時代に入ると、そもそもは三管領細川氏の家臣で守護代の家柄であった三好氏が幕府相伴衆に列し従四位下に叙せられたのに伴い、その家臣である松永久秀も主家同様に従四位下に昇るなど家柄