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御高都帳では887石余(民政資料)。 阿波志によれば、耕地は陸田が上等30町2反余・中等1町3反余・下等3町8反余、水田が上等30町2反余・中等23町1反余・下等11町6反余と見える。また寛保神社帳によれば、神社に十二社権現と八幡宮があり、その別当は田林寺と見える(続御古雑抄1)。ほかに丈六寺がある。
六角 鬼丈(ろっかく きじょう、1941年6月22日 - 2019年1月12日)は、日本の建築家、東京藝術大学名誉教授。旧名は正廣。祖父は漆芸家の六角紫水、父は漆芸家の六角大壌。日本建築学会賞作品賞など受賞。東京都出身。 東京都立武蔵丘高等学校卒業。 1965年 東京藝術大学美術学部建築科卒業後、磯崎新アトリエに勤務。
千丈寺山の天狗という民話があり、昔六甲山に大天狗が住んでおり、唐櫃や有馬の愛宕山、天狗岩、山口の丸山(西宮市山口町)、乙原(おちばら)の千丈寺山を休み場にしていた。ある日、乙原村の吾作という親孝行の若者が屋根葺きの手伝い中突然いなくなり、いくら捜しても見つからないので、死んだものと諦め、お寺で戒名
六勝寺(ろくしょうじ、りくしょうじ)とは、平安時代後期から室町時代にかけて、洛外白河街区に位置した、法号に勝の字をもつ六山の御願寺である。白河天皇に続く院政の中枢部として大いに栄えたが、後世の維持管理は停滞し、応仁の乱以降はほぼ廃絶した。現在においては石碑や町名などに面影を残すが、寺