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⇒ ひょうえふ(兵衛府)
律令制で, 兵衛を監督し天皇の身辺警固をつかさどった官司。 左右二府からなる。 衛門府・左右衛士府とともに五衛府(平安初期以降は六衛府)を構成する。 つわもののとねりのつかさ。
少将は蔵人少将と呼ばれた。五位少将が四位に叙された際に少将を止めず「少将如元」とされた場合など、四位の位階でこの官を務める者は「四位少将」と呼ばれた。例は少ないが三位に叙されても少将のままでいる場合は「三位少将」と称した(平安時代では藤原道長、藤原頼通、藤原忠家、藤原基実の4名が三位少将
1368年(洪武元年)、明により衛輝路が衛輝府と改められた。衛輝府は河南省に属し、汲・胙城・新郷・獲嘉・淇・輝の6県を管轄した。 清のとき、衛輝府は河南省に属し、汲・新郷・獲嘉・淇・輝・延津・濬・滑・封丘の9県を管轄した。 1913年、中華民国により衛輝府は廃止された。 ^ 『明史』地理志三 ^ 『清史稿』地理志九