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江戸時代, 老中・若年寄などの役職にある大名などが, 参勤交代をせずに, 江戸に定住すること。 また, 藩士が江戸の藩邸に常に詰めていること。
中国, 河北省中部の都市。 交通の要衝にあり, 小麦・綿花などの集散が盛ん。 製粉・農具製造などの工業が発達。 パオティン。
1196年(慶元2年)、南宋により嘉州が嘉定府に昇格した。嘉定府は成都府路に属し、竜游・峨眉・洪雅・夾江・犍為の5県と豊遠監を管轄した。 1276年(至元13年)、元により嘉定府は嘉定府路総管府と改められた。嘉定府路は四川等処行中書省に属し、録事司と直属の竜游・峨眉・夾江・犍為の4県と眉州に属する彭山・青神の2県と邛州に
武定府(ぶていふ)は、中国にかつて存在した府。明代から清代にかけて、現在の雲南省武定県一帯に設置された。 1256年(憲宗6年)、モンゴル帝国により洟陬籠城に万戸が置かれた。1271年(至元8年)、元により洟陬籠城に武定路が置かれた。武定路は雲南等処行中書省に属し、和曲州に属する南甸・元謀の2県