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町八幡)の領分であったが、久しく荒蕪地となっていて境界不明の土地があった。 筑前領の長田村(現朝倉市蜷城)はこの地に接し、船通しを閉鎖されると土地が湿り洪水の際は多くの被害を受け、さらに船の不便や黙っていては筑後領になると思い、この土地を筑前領だと言ってこの工事を妨害した。
筵を張ることで水を堰止め、ここを取水口とした。流路は等高線に沿うようにし、堰の大きさは上3間(約5.4m)・敷1間半(約2.7m)で、天井川の部分は埋樋で暗渠としている。傾斜地を通るため、右岸を削った土砂を左岸に盛土して石積みなどで護岸が行なわれた。また、途中にある円井型石英閃緑岩の岩盤層が障害とな
いせき(堰)に同じ。
〔動詞塞(セ)くの連用形から〕