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अधिसूचना
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をして夜を明かした。これが庚申待である。60日に1回は庚申(かのえさる)の日が巡ってくるので、場所によっては6回または7回行うところもある。また庚申様は月のモノや出産の汚れを嫌うというので、女性は主に飯の準備や片付けが役目である。庚申待を3年18回続けた記念に建立されたのが庚申塔で、今も各地に残っている。
庚申塔の石形や彫られる仏像、神像、文字などはさまざまであるが、申は干支で猿に例えられるから、見ざる、言わざる、聞かざるの三猿を彫り、村の名前や庚申講員の氏名を記したものが多い。仏教では、庚申の本尊は青面金剛とされるため、青面金剛が彫られることもある。神道では猿田彦神とされ
して修行して学んだ円仁が、『入唐求法巡礼行記』838年(承和5年)11月26日の条に〈夜、人は咸く睡らず。本国の正月、庚申の夜と同じきなり。〉と中国の僧侶、貴族だけではない庶民も含めた、冬至の夜に眠らずに過ごす風習を見て日本の正月や庚申の夜のようだと、言及している。
が発生した。これをきっかけにして粛宗は南人政権に強い不信感と疑惑を抱くようになり、換局と呼ばれる政権交代を準備した。換局は、南人派の訓錬大将だった柳赫然の解任とそれに代わる西人の金万基の補任に始まり、その後、南人の中央軍営の隊長らまでもがことごとく更迭され、彼らの後任に西人が任命されて南人は徐々に政治的立場が弱くなっていった。