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彰徳府(しょうとくふ)は、中国にかつて存在した府。金代から民国初年にかけて、現在の河南省安陽市一帯に設置された。 1192年(明昌3年)、金により相州が彰徳府に昇格した。彰徳府は河北西路に属し、安陽・湯陰・臨漳・林慮・輔巌の5県と天禧・永和・豊楽・鶴壁・鄴の5鎮を管轄した。
寧陵・下邑・永城の4県と徐州に属する蕭県と宿州に属する霊璧県と邳州に属する下邳・宿遷・睢寧の3県と亳州に属する譙・城父・鹿邑の3県、合わせて4州12県を管轄した。 1368年(洪武元年)、明により帰徳府は帰徳州に降格され、開封府に属した。1545年(嘉靖24年)、帰徳州は帰徳府に昇格した。帰
した。常徳府は荊湖北路に属し、武陵・桃源・竜陽・沅江の4県を管轄した。 1275年(至元12年)、元により常徳府に安撫司が置かれた。1277年(至元14年)、常徳府安撫司は常徳路総管府と改められた。常徳路は湖広等処行中書省に属し、録事司と武陵県と桃源州と竜陽州に属する沅江県の1司1県2州州領1県を管
青澗・米脂の2県と葭州に属する呉堡・神木・府谷の3県、合わせて8県3州州領8県を管轄した。 1369年(洪武2年)、明により延安路は延安府と改められた。延安府は陝西省に属し、直属の膚施・安塞・甘泉・安定・保安・宜川・延川・延長・青