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禄大夫となり、検校司空・雲南節度使・上柱国に任ぜられ、大理国王に封ぜられた。1119年、慕甯・遠・矣・空・破・馬らが叛いた。兵を出して討伐に当たらせたが、敗北した。三十七部が再び叛き、鄯闡が陥落して高明清が死んだ。群臣たちは高昇泰の甥の高量成を宰相として事態を収拾するよう要請し、段正厳はこれを受け
段 正明(だん せいめい)は、大理国(前大理)の第14代王。 大理興宗段思廉の孫として生まれる。段廉正の子。1081年、高智昇と高昇泰父子により上明帝が退位した後に擁立された。1094年には、それまで大理国の実権を掌握していた高昇泰が段正明を廃位し、自らが王を自称して、大中国を建国した。段正明は僧になったと伝えられる。
※一※ (名・形動)
ずたずたに切りきざむさま。 きだきだ。