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薬師堂 - 元禄14年(1701年)桂昌院による建立。奥の院。1988年(昭和63年)に現在地に移転。 蓮華寿院旧跡庭園 - 源算が建立した蓮華寿院の跡地。 御陵青蓮院親王御陵 - 宮内庁の管理下にある。 覚快法親王の墓 - 鳥羽天皇皇子。 道覚法親王の墓 - 後鳥羽天皇皇子。 慈道法親王の墓 -
箟峯寺(こんぽうじ)は宮城県遠田郡涌谷町にある天台宗の寺院である。 山号は無夷山(むいさん)。本尊は十一面観世音菩薩。別称は箟岳観音(ののだけかんのん)。箟岳山の山頂にあり、奥州三十三観音の第九番札所に数えられている。大同2年(807年)に坂上田村麻呂の創建と伝えられ、当初霧岳山正福寺と称し
がしと呼ばれる屈指の難所として知られ、江戸時代は麓の前札所で遥拝し納経をすませる遍路もいたほどであった。 寺伝によれば神功皇后が朝鮮半島進出の戦勝を祈願し天照大神を祀った神社が起源とされ、天平2年(730年)に聖武天皇の勅を受けて行基が十一面観世音菩薩を刻み、本尊として神仏合祀し
御した。その後天変地異が相次いだことから上皇の祟りとされ、上皇が葬られた白峯陵(現・香川県坂出市)の隣に、上皇の菩提を弔う為に府中の木丸殿が移築され法華堂(現・頓証寺殿)として建立された。また朝廷の命により以後、白峯寺による供養会が営まれるようになった。 時代は下って、幕末の動乱期、孝明天皇は異郷に