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795秒 / 北緯35.16238472度 東経138.68772083度 / 35.16238472; 138.68772083 吉原宿(よしわらしゅく、よしわらじゅく)は、東海道五十三次の14番目の宿場である。現在の静岡県富士市に位置する。 陸上交通や水運の拠点であったほか、富士参詣の宿駅としても機能した。
慶応4年7月25日~明治元年9月17日に吉岡で謹慎中の但木土佐と良次(土佐の甥で処刑に立ち合った)二人で食事をしていた時、突然良次、硯と紙を持って来いと命じて、良次が硯と紙を用意したところ、土佐が「わしにも絵の一つ位、描けないこともないだろう」と「松の絵」を一気に描き上げた。
所であった和田峠の入口にあたり、標高820メートル余りの高地にある静かな山里である。次の下諏訪宿まで五里十八町(約23km)と距離があったため、荷駄を運ぶための伝馬役が最盛期には70軒ほどあった。現在も旧本陣や古い家屋が現存し、修理保全されている。宿周辺の産物に黒曜石がある。
、増水で大井川の川越が禁止されると、お伊勢詣りなどの江戸から京都方面へ上る旅客が足止めされ、さながら江戸のような賑わいをみせた。長雨により、滞在費と遊興費に所持金を使い果たすことも珍しくなかった。そのため、所持金が無くなったり宿が満員になった際に家を借りた名残で、島田の旧・東海道沿いには御仮屋という地名がある。