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寺門あるいは須弥壇前面の両側に安置した一対の仏教護持の神像。 忿怒(フンヌ)の相で, 一体は口を開き, 一体は口を閉じ両者で阿吽(アウン)の相をなす。 その本来の性格については, 金剛力士とするものなど諸説ある。
狂言の一。 負けのこんだ博打(バクチ)打ちが, 仁王になりすまし, 大勢の人から賽銭を得るが, 参詣人に体をくすぐられ, 化けの皮がはがれる。
仁徳のある王。
設けられた。更に地方の武士や僧侶が地域・村落の鎮守のために仁王講も行われるなど、諸国に広まった。中世(11世紀以降)に入ると天災や虫害・疫病や飢饉を攘災するための公共的性格とともに息災延命・安穏福寿・子孫繁栄などを祈願する民間儀礼の要素が強い仁王会・仁王講も増加することになる。鎌倉時代に入ると、鎌倉