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抄の名で引用されてはいないものの、近年になって『河海抄』などに大きな影響を与えていることが指摘されている。巻一の奥書、及び巻一の巻頭の文永四二廿三始之」という記事によって、1252年(建長4年)から1267年(文永4年)にかけて、この注釈書が作成されたものと推測されている。
本には明暦3年秋の刊記のあるものと無刊記版とがある。写本には異なる本文のものがいくつか見られるが、版本は増補本系統のものに限られる。本書の内容自体は弄花抄や細流抄といった三条西家の注釈書の流れをくむものであり、それらの中では成立時期の遅い本書が整った内容を持っていることから、湖月抄で三条西家系統の注
(ビレッジセンター出版局)に書き下ろした松茸狩りでオトナになるで小説家としてもデビューした。 『始末人』シリーズ、『死神の惑星』とそれに繋がる一連の作品群、等。 1980年 - 「あざやか緑の物語」により漫画家としてデビュー。 1998年 - 「松茸狩りでオトナになる」により小説家としてデビュー。
丹波屋の主は父方の伯父に当たり、徳重の姉文江が養女として入っていた家である。しかし徳重が大阪へ通うようになったのは家から外に出る口実で、地元明石の潮会という集まりに入って文学や絵画について論じあうのに熱心であった。また短歌をたしなみ若山牧水の門下となっている。徳重十七歳の時、父徳松が死去し柿屋は