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苦しむことなく安楽に。 平穏に。
安島泰嘉は彰考館総裁丸山可澄と懇意であったといい、祖父・泰弘は会沢正志斎安の門人となるという。安島安の代に、神官を罷める。幕末においては父・安島泰孚とともに志士として活躍し、戸田忠太夫忠敞、藤田東湖彪、安島帯刀信立らの信頼を得て国事に奔走、その功により水戸藩主徳川権
〔形容詞やすいの語幹から。 多く他の語と複合して用いられる〕
なく、一方で暮らして行く分には私の食封は身に余っている、と言った。まもなく、安仁は文徳天皇に対して、私は3つの官職を帯びて食封800戸を得ているが尸位素餐の身に多すぎる、伏して願うには大納言としての職封を減らして、中納言に準じた量にして欲しい、旨を上表した。天皇は安仁の譲る心に感心して、特別にこれを許したという。