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奈川村・安曇村・梓川村が松本市に編入。(2町2村) 10月1日 - 豊科町・穂高町・堀金村・三郷村が東筑摩郡明科町と合併して安曇野市が発足。同日南安曇郡消滅。 自治体の変遷 歴代郡長 [脚注の使い方] ^ 1878年の長野県の郡編成諮問会議では郡役所を東穂高村に置き、松川村、常盤村(のちの北安曇郡
第4巻(年表・索引)が発行される予定であったが、発行されていない。 南安曇郡誌 第1巻 自然篇 自然編である。1030ページに及ぶ大冊で、2000部発行。附録として南安曇郡地方地質図がある。 南安曇郡誌 第2巻上 歴史篇(原始・古代・中世)
ナム独立後、安南に相当する地域を指す名称にはミエンチュン(中部地方)(ベトナム語版)(ベトナム語:Miền Trung / 沔中)が主に用いられ、アンナンは余り用いられない。 フランスの植民地支配下ではインドシナ連邦を構成する被保護国、即ち阮朝(大南国)支配下のベトナム中部に対して安南という呼称が採
土生村、作才村、畑村、極楽寺村、流木村 有真香村 ← 八田村、神須屋村、真上新田、土生滝村、阿間河滝村 東葛城村 ← 河合村、神於村、白原村、相川村、塔原村 西葛城村 ← 木積村、馬場村、秬谷村、大川村、蕎原村、三ケ山村(現・貝塚市) 麻生郷村 ← 小瀬村、津田村、永吉村、久保村、堀村、堀新町、海塚村、海塚新町、麻生中村、