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年号(1321.2.23-1324.12.9)。 元応の後, 正中の前。 後醍醐(ゴダイゴ)天皇の代。
と師錬はのべているが、その構成面からみると伝」「表」「志」の三つに分類される。「賛・論」は「伝」の付属と見るのが一般的。 巻01 - 巻19 僧俗伝記部 (400名余りの道俗の伝記) 巻20 - 巻26 資治表部 (編年の仏教史) 巻27 - 巻30 志部 (10分類による各類史)
程度復元可能という特徴を持つ。反面、一般的な漢文の知識では全く読めない文章となっており、伝統的な漢文教養を有する考証学者たちはこのような文章を文は鄙俚を極むと蔑んだ。逆に、近年のモンゴル史学者にとって直訳体は当時のモンゴル語原文を類推可能な貴重な資料であり、研究対象として注目されている。
自断後、且戦且行、行三百里、得登舟、行六十八日夜、達泉州、士卒死者三千餘人。有司数其俘獲金宝香布等、直五十餘万、又以没理国所上金字表、及金銀犀象等物進、事具高興及爪哇国伝。於是朝廷以其亡失多、杖十七、没家貲三之一 ^ 『元史』史弼伝では元貞元年」の記事に続けて「三年」に中書平章政事に任命されたと