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奉存候 伏テ冀クハ速ニ臣等カ職ムヲ免セラレ 廃県被仰出候様仕度奉懇祈候 此段宜御報奏奉願候… と当県は小県で役所を置くことは役人の給料その他莫大な費用がかさみ、国家の利益とならない。従って大参事両名を免職し苗木県の廃県を吏官に願い出たものである。 また同日県役人も大参事の免官願
を居所とした藩。1610年に細川興元が1万石余で入封。1616年に常陸国筑波郡で6200石の加増を受け、のちに新領地の谷田部に居所を移した。居所移転以降は谷田部藩と呼ばれるが、茂木周辺は引き続き細川家が治め、支配拠点として陣屋も残された。明治維新期の1871年に谷田部藩細川家は茂木に藩庁を移すが、同年内に廃藩置県を迎えた。
坂木藩は天和2年(1682年)2月、板倉重種が蟄居することで成立した藩である。重種は武蔵岩槻藩6万石の藩主で老中を務めていたが、天和元年(1681年)に罷免されて蟄居を命じられたのである。蟄居の翌年、重種は幕府に所領返還を申し出たが、祖父の板倉重昌の功績などから、特別に重種の長男重寛が3万石、甥の板倉重
いがしろにして邪曲のこと多く、輿望に違いければとある。 ^ 『信府統記』では凡下卑賤の人、彼の猿冠者と貞慶が発言したとある。 ^ a b 戸田家の事跡書『世々のあと』 ^ 松本藩から明石藩に移された小笠原忠真が再度豊前国小倉藩に移されたことに伴うもの。 ^ 現在では日本銀行松本支店が建つ。 ^