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麒麟山に築かれた。1965年(昭和40年)4月7日付けで新潟県指定史跡。 鎌倉時代の建長4年(1252年)に会津佐原氏の一族・金上盛弘が越後進出の足掛りとするために築城し、以来金上氏代々の居城となる。 戦国時代には蘆名氏の越後への進攻拠点となり、度々上杉氏と争っている。
所在地 〒871-0050 大分県中津市二ノ丁本丸 3月 - 中津城人間ひな飾り(天守閣前に大型ひな壇を設置し、その年中津市で結婚したカップルを御内裏様・御雛様とし、市民参加のお祭りとなっている。) 5月 - 中津城たにし祭り(奥平家が武運長久した長篠の戦に由来したお祭り。火縄銃演武や甲冑行列が開催される。)
『ふるさと百話 3巻』静岡新聞社、1998年。 西ヶ谷恭弘 編『定本日本城郭事典』秋田書店、2000年。 平井聖/監修 編『図説日本城郭大事典』 2巻、日本図書センター、2000年。 泉, 秀樹『東海道の城を歩く』立風書房、2000年。 西ヶ谷恭弘 編『国別城郭・陣屋・要害・台場事典』
築かれた小倉城は海の上から検分できたため、船を出して津山から同行した大工と絵師に天守を見取らせようとしたが、検分していたところを小倉の家中に見つかってしまった。事情を伝え聞いた小倉城主の細川忠興は、薮田一行を城内に招き入れて好きなだけ調査させ図面まで手土産に持たせたという話が伝わっている。