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八・吉村鉄之助・山本藤助・山邑太三郎の4名が幹事を務め、他に秋田清・難波作之進・宮田光雄などがいた。中立「是々非々」「一人一党」を掲げており、結束力は弱かった。また、実業界で活躍した人々が多いのも特徴的であった。 衆議院解散によって解散し、そのメンバーの多くが後に中正倶楽部に参加した。 表示 編集
戊申倶楽部(ぼしんくらぶ)は、明治時代後期の衆議院における院内会派。 1908年5月に立憲政友会が第10回衆議院議員総選挙で勝利したことを受け、同年12月に反立憲政友会の数会派が集結して結成した。会派成立時の議員42名は主に実業家で構成され、多くが無所属として出馬して当選していた。
〔まうす(申)の略〕
十二支の第九番目。 年・日・時刻・方位などに当てる。 しん。