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登山口からしばらくすると、探鳥小屋があり、さらに植林を進むとテレビ塔への分岐がある。直進し沢沿いを詰めると、水場のある栃の木地蔵に着く、このあとは、つづら折りに上がっていくが、途中に行者岩と呼ばれる大岩に出る脇道がある。尾根近くまで上がったところが一の岳である、その後は
ったとされる。古くから山岳信仰の対象となっており、海上から目立つ山容のため特に航海者からの信仰が厚かった。 『日本書紀』神代下・第九段の一書(第六)の、吾田の長屋の笠狭の碕に到ります。遂に長屋の竹島に登りますという瓊々杵尊が登ったとされる竹島(たかしま)が、野間岳であるといわれている。
残る。江戸時代の文化年間に編纂された『新編会津風土記』では、小野嶽 昔足借山ト称セシ者(ハ)是ナリ、絶頂ヲ堂平ト称ス、小野明神ノ鎮座アリシ処トテ社跡猶存セリ、又昔此山中ニ住居セシ人アリシニヤ、長者屋敷・牛道ナト唱(称)フル旧跡残レリとある。 大内宿側の大内登山口から約1時間30分。湯野上温泉側
栗野岳は、約30万年前に加久藤カルデラで起きた大噴火の後、最初に活動を開始した古期霧島火山の一つである。この火山から流下した溶岩によって川内川が堰き止められ古加久藤湖がつくられた。この湖は後に排水され消滅している。栗野岳は形成されてから長い年月を経ているため岩石の風化