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初の仕事である。応瑞は応挙の粉本をもとに制作した。寛政2年(1790年)の内裏造営の際も応挙一門として障壁画の制作に加わり、常御殿御寝間の三の間に薄彩色の四季海辺(相国寺開山堂に一部現存、また小下絵を百耕資料館が所蔵)を描いた。文化4年(1807年)9月13日には、円山也阿弥で亡父応挙の13回
て出家している。江戸時代には江戸の黄檗宗の中心寺院として一山之役寺と呼ばれていた。『江戸名所図会』によると山門・天王殿・大雄宝殿・禅堂等を備えた巨刹であったが、文政年間に大規模な罹災あう。現大雄宝殿は高輪下馬将軍として名高い薩摩藩主・島津重豪により扁額を与えられる共に再建されるに至る。
瑞鳳寺(ずいほうじ)は、宮城県仙台市の経ケ峯にある、臨済宗妙心寺派の仏教寺院。山号は正宗山。開山は清岳、開基は伊達忠宗、本尊は平泉の毛越寺より遷した釈迦三尊像。 江戸時代初期の寛永14年(1637年)、仙台藩2代藩主・伊達忠宗によって、藩祖・伊達政宗廟瑞鳳殿(北緯38度15分1.6秒 東経140度52分0
本堂(元方丈)御成玄関附属 庫裏及び廊下 2棟 御成門 附:太鼓塀2棟 中門 附:太鼓塀2棟 五大堂 附:厨子 本堂障壁画 161面、附:障壁画22面、杉戸絵28面(明細は後出) 木造五大明王像 5躯 五大堂安置 雲版 奥州御島頼賢碑 徳治二年(1307年)一山一寧撰並びに書 本堂障壁画の明細