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津守氏(つもりうじ)は、社家・華族だった日本の氏族。古代以来の系譜を持ち、住吉大社(大阪府大阪市住吉区)の宮司を世襲した一族で、維新後には華族の男爵家にも列した。 津守氏は、天火明命の流れをくむ一族と伝えられる。『住吉大社神代記』によれば、垂仁天皇と景行天皇の頃には、意弥那宜多命(おみながたのみこと
ら迎えた養子・村景に譲り水沢を離れ、これ以後は政景の来孫である村景の血統が当主を継ぐ。 水沢伊達家の禄高は1,633貫588文、水沢伊達家の家臣団(陪々臣)は808家であった。 幕末の13代・邦寧は慶応4年(1868年)の戊辰戦争敗戦に伴い、水沢伊達家領が仙台藩から没収されたため失領する。翌明治2
守部氏(もりべうじ)は、守部を氏の名とする氏族。姓は宿禰。 守部宿禰は、尾張氏の族にして同祖である。『日本書紀』によると尾張氏は天火明命を祖神とし、天忍人命から始まる。一方、綿津見神を始祖とする系図もある。 尾張国の熱田神宮大内人家であり、同社社家の大喜(たいき)に同じ。守部の表記は森部にも作る。
矢沢氏(やざわし)は、信濃国の氏族。 真田幸隆の弟矢沢頼綱(真田頼綱)が改姓し、真田頼綱→矢沢頼綱に改姓後に矢沢頼幸が家督相続。 真田家臣矢沢三十郎頼幸が真田信繁の護衛任務(上杉景勝の人質時)に付き、重臣(譜代)の中でも筆頭格として真田領拠点沼田城代になるほどの名門。