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汾西王(ふんせいおう、生年未詳 - 304年)は、百済の第10代の王(在位:298年 - 304年)であり、先代の責稽王の子。母は帯方太守の娘である漢民族の宝菓夫人。諱・諡は伝わっていない。298年9月に先王が西晋・貊の軍と戦って戦死したため王位についた。 304年2月には楽浪の西部を奪取したが、1
汾城県(ふんじょう-けん)は中華人民共和国山西省にかつて存在した県。現在の襄汾県西南の汾城鎮に相当する。 南北朝時代、北魏により設置された泰平県を前身とする。北周が成立すると太平県と、1914年(民国3年)に汾城県と改称された。 1954年に襄陵県と統合され、襄汾県に改編された。
襄汾県(じょうふん-けん)は中華人民共和国山西省臨汾市に位置する県。 1954年に襄陵県・汾城県が合併し成立した。県名は襄陵・汾城の漢字を組み合わせたものである。旧襄陵県は晋の襄公の陵墓の所在地であり、旧汾城県は晋の国都が置かれた場所である。 陶寺郷で発見された陶寺遺跡は、紀元前2500年から紀元
汾河(ふんが、拼音: Fénhé)、別名・汾水(ふんすい)とは、中国の山西省を南北に流れる大きな川で、渭河に次ぐ黄河第二の支流。 山西省北部の忻州市寧武県の管涔山に発する。源流域はトウヒやカラマツの森が広がり、森林公園に指定されている。黄土高原の谷間を流れる支流を集めて南西方向へ流れ、次いで南東方