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芳志(ホウシ)に同じ。
苔は夢窓疎石の時代からあったものではなく、今のような苔庭になったのは江戸時代の末期のことといわれる。 池の周辺には瑠璃殿のほかに、釣寂庵、湘南亭、潭北亭、貯清寮、邀月橋、合同船があった。広さに比して建築的要素の多い庭といえる。この邀月橋は亭をもった亭橋で、これを渡ると長鯨にのって大海に浮
大徳寺派の寺院。山号は神護山(じんごさん)で、本尊は釈迦如来。芳徳禅寺とも称される。 柳生藩主柳生氏の菩提寺。かつては柳生城があった柳生の地区を一望できる高台に位置し、門前の坂の途中に正木坂剣禅道場を構える。また寺に隣接して柳生藩の資料を展示する史料室がある。柳生家の墓地は元々は中宮寺(現・奈良市柳
大阪府河内長野市寺元にある真言宗の寺。 山号は檜尾山。 役小角(エンノオヅノ)創建と伝える。 827年実恵・真紹が寺塔を建立。 南朝の崇敬あつく, 楠木正成の墓がある。 金堂は南北朝時代の創建で, 和様に大仏様・禅宗様を応用した折衷様式(観心寺様式)として有名。 本尊如意輪観音像とともに国宝。