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異なるが国鉄岩内線の岩内駅と同名となるのを避けるために旧国名を冠していた。そのため、近隣のマッサージ店へ通う利用者のために国鉄線からの連絡切符が販売され、その連絡切符が能美線各駅の中で当駅が最も多く販売された駅だった時期もあった。 有人駅時代は駅員が2名常駐し、貨物駅が併設されていた頃は米、麦などの
1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道の駅となる。 2018年(平成30年) 3月25日:盛岡 - 宮古間の閉塞方式が連査閉塞式から特殊自動閉塞式に変更される。同時に3番線の使用が停止、2面3線から2面2線となる。 4月22日:盛岡 -
1955年(昭和30年)4月1日 - 岩内町と島野村が合併し、新岩内町が誕生する。 1959年(昭和34年)2月10日 - 出漁中の磯舟57隻が猛吹雪に遭い次々と沈没。行方不明12人。 主に農業、漁業。日本におけるアスパラガス栽培の発祥の地でもある。 日本アスパラガス株式会社(字野束)
一札”を国鉄、日本鉄道建設公団に提出していたことが明らかとなった。国鉄の赤字を地方自治体が助成するとしたのは初めてのことで、運輸省は“一札”を事実上の確約書と受け取り、地元の約束履行を条件とし、国鉄の赤字がかさんでいることもあり、地元の熱意を汲んで新線着工を認めた。 “一札