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岡崎宿(おかざきしゅく、おかざきじゅく)は、東海道五十三次の38番目の宿場である。現在の愛知県岡崎市中心部。詳しくは岡崎市を参照。 石高は五万石しかなくとも徳川幕府の下では神君生誕の三河国岡崎城(築城は三河西郷氏の西郷稠頼)の城下町を背景に宿場町の規模も駿河国府中宿(静岡県静岡市葵区)に次いで大きかった。
慶応4年7月25日~明治元年9月17日に吉岡で謹慎中の但木土佐と良次(土佐の甥で処刑に立ち合った)二人で食事をしていた時、突然良次、硯と紙を持って来いと命じて、良次が硯と紙を用意したところ、土佐が「わしにも絵の一つ位、描けないこともないだろう」と「松の絵」を一気に描き上げた。
6キロメートルにわたって建ち並び(1843年当時)、その中央には宿役人の詰める問屋場と高札場があった。湖南市内には東海道石部宿歴史民俗資料館があり、宿帳などの歴史資料が展示されている。しかし、旧街道沿いは主だった保存活動をしてこなかったため昔の宿場町の風情や街並みは残っていない。 宿
岡部(おかべ) 日本の地名。 岡部 (福島市) - 福島県福島市の地名。 岡部町 (静岡県) - かつて静岡県志太郡にあった町。現・藤枝市の一部。 岡部町 (埼玉県) - かつて埼玉県大里郡にあった町。現・深谷市の一部。 岡部宿 - 東海道の宿場のひとつ。 岡部藩 - かつて武蔵国にあった藩。 日本人の姓のひとつ。