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実は、僧伽の生前の事跡に関しては、殆ど記される記事はなく、その伝の大半は、その没後のことに割かれている。中宗は特恩度僧によって、慧岸・慧儼・木叉という僧伽の3人の弟子をも供養していたが、僧伽の没後、しばしば僧伽がその姿を現すようになった。そのような記事は、大暦年間(766年
〔梵 saṃgha の音訳僧伽(ソウギヤ)の略。 衆または和合衆と訳す。 仏門にはいって仏道を修行する者の団体の意から〕
〔上代語。 中古以降はわが用いられた〕
一人称。 私。 われ。