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沅江の上流には、源流となる南と北の二つの川がある。 南の源流は龍頭江といい、貴州省都勻市の雲霧山脈から流れている。北の源流は「重安江」といい、貴州省麻江県の平月間の大山から流れる。両方の源流が合流して清水江と名を変え、鑾山(らんざん)に至り湖南省懐化市芷江自治県に入る。東へ流れて洪江市黔城鎮で舞水と合流して
鑑続編』『宋元資治通鑑』『続資治通鑑長編』『資治通鑑後編』などの史料をもとに、20年かけて編纂したものである。 門人の洪亮吉によると畢沅は常日頃から賢才を重用したという。そのため著名な学者の章学誠・孫星衍・汪中・段玉裁らが幕下に集まった。 一方、男色家とも知られ、戯曲の演員の李桂官に恋慕し、著名な詩
沅州(げんしゅう)は、中国にかつて存在した州。南北朝時代から清代にかけて、現在の湖南省懐化市一帯に設置された。 560年(天嘉元年)、南朝陳により荊州の天門郡・義陽郡・南平郡と郢州の武陵郡を分割して設置された武州を前身とする。575年(太建7年)、武州は沅州と改称された。
南陵県(なんりょう-けん)は、中華人民共和国安徽省蕪湖市に位置する県。長江の支流・青弋江が流れる。 鎮:籍山鎮、許鎮鎮、弋江鎮、三里鎮、何湾鎮、工山鎮、煙墩鎮、家発鎮 表示 編集