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モッチャリーズ寄席高津の富亭、天満天神繁昌亭において隔月で開催している。 桂枝女太 笑福亭忍笑 桂春雨 7代目笑福亭松喬 露の吉次 林家花丸 桂三若 桂三ノ助 桂三弥 笑福亭由瓶 笑福亭仁勇 笑福亭仁嬌 笑福亭風喬 旭堂南鱗 笑福亭喬若 笑福亭仁扇 笑福亭右喬 旭堂小南陵(のちの4代目旭堂南陵) 桂南天 桂雀喜 桂佐ん吉
遊亭圓丈の創作落語に出会い、新作を手がけるようになった。以来、多くの作品を創作している。特に甲子園初出場の初戦で大敗した監督が酒を飲みながら部員に愚痴る憧れの甲子園は、もし師匠の松鶴が「生きとったらどうじゃいと聞かせていたはず」というほどの自信作である。また、研究熱心で、「時うどん」ではじめに
世襲の芸人にありがちのことだが、若年時から遊里に出入りし、父の弟子を顎で使うなど傲慢な振る舞いが多く、周囲の憎悪を買うこともしばしばあった。しかし、戦後の上方落語界にあっては生き字引的な存在として重きを成し、三代目桂米朝らに『地獄八景亡者戯』や『天狗さし』を始め、多くの貴重なネタを伝えたことで知られる。 初代森乃福郎 6代目桂文吾
務めているが病気がちで高座を務める機会は少なかった。 名人として称えられた京都落語会の先輩・4代目桂文吾の薫陶を受け、ぽつぽつと呟くような枕の振り方や、じっくりと聞かせる噺の運びに、俗受けを狙わない、本格派としての矜持があった。雑誌『上方はなし』に掲載された批評でも、概ね福圓の口演には高い評価が与えられている。