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御坊丸を送り込み、叔母のおつやの方を城主とした。 信玄は大圓寺に居る希菴に対し、恵林寺へ戻るように再三使者を送り要請したが希菴は応ぜず、老來一枕黒聒餘、使者敲門頻起予、但恨風流賢守識、閑名幾度上除書と詩を書いて返答とした。その答辞を見て信玄は激怒し秋山虎繁に命じて希菴の殺害と大圓寺の破壊を命じた。
尓も弥陀の像が門前左に、峨山鈴の音能笠共々に霞みけ里」が入って右に、芳野正王「島遍路干潟歩きて近道す」がその左に、芳野井寒「いかにして剪りたる泰山木能花」が大師堂の左に、芳野佛旅「星を掃く寺の銀杏や夜半の霜」が本堂左前のトイレ入口左に、喜和子「朱印帳ひらく蝋梅匂ひけり」が納経所の前にある。
他に客殿至聖坊、雪山の庭(石庭)などがある。 本堂 五輪塔 木造文殊菩薩騎獅像・普賢菩薩騎象像 文化庁保管。本尊の釈迦如来坐像(鎌倉時代)の脇侍として安置されていたが、本尊像より古い平安時代の作である。文殊像と普賢像も必ずしも一具の像でなく、普賢像の方が時代的にやや古いとみられる。 近鉄奈良線富雄駅よりバス出垣内下車(ただし、本数少)。
先聞而至乎無聞者上也。發乎善心者次也。結乎勝縁者又其次也。有親疎遠近其所以至之一也。于爰本山甲州身延嶺久遠寺末流武州都筑郡奈良村能王山盛圓寺第七世以遺状先師寶乘院日繼後住八祖月圓日性、鑄掛之餘欲其勝縁不㖕(※口+辛)援筆即記又爲之。 銘曰 鑄鎔新鐘 筍𥳁(※竹+虚)梵宮 侵曉吼月 含霜喚風 寺住大盛 人證圓通 娑婆教體 在此聲中