ไม่มีข้อมูล
การแจ้งเตือน
ไม่มีการแจ้งเตือน
政略結婚からみる戦国大名』平凡社〈中世から近世へ〉、2017年12月。ISBN 978-4-582-47736-8。 黒田基樹『北条氏政 乾坤を截破し太虚に帰す』ミネルヴァ書房〈ミネルヴァ日本選評伝〉、2018年2月。ISBN 978-4-623-08235-3。 『北条氏規』 - コトバンク
後北条氏(ごほうじょうし/うじ)・後北條氏・小田原北条氏(おだわらほうじょうし/うじ)・相模北条氏は、武家・華族であった日本の氏族。 本来の氏は北条(北條)であるが、鎌倉幕府の執権をつとめた北条氏と区別するため、「後」を付して「後北条氏」、相模国小田原の地名から「小田原北条氏」、「相模北条氏」とも呼ばれる。 北条早雲
北条 氏直(ほうじょう うじなお)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・大名。相模国の戦国大名で小田原城主。後北条氏の第5代当主である。父は北条氏政、母は武田信玄の娘・黄梅院。父と共に後北条氏の最大版図を築き上げたが、外交の失敗で豊臣秀吉による小田原征伐を招き、後北条氏の関東支配は終焉を迎えた。
北条 氏政(ほうじょう うじまさ)は、戦国時代の相模国の戦国大名・武将。後北条氏の第4代当主。父は北条氏康、母は今川氏親の娘・瑞渓院。今川義元の甥にあたる。子に北条氏直など。正室の黄梅院は武田信玄の娘で、武田義信や武田勝頼とは義兄弟にあたる。通称は新九郎で、官位の左京大夫または相模守も同様に称した。号は截流斎。