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康熙字典214部首では25番目に置かれる(2画の19番目)。 卜の字は占いのため亀の甲を火で灼いて生じる亀裂の形に象り、占いを意味する。古代の中国人はこの亀裂の形によって天意を伺い、吉凶を判断していた。これを亀卜という。 偏旁では意符として「うらない」に関することを示す。また卜部は「卜」の形を筆画として持つ漢字も分類している。
建弥己己命(天穂日命の曾孫・高皇産霊尊の5世孫)、押瞻命がいる。 平安時代の末裔として、以下の人物が見える。 上県郡擬主帳卜部川知麻呂 下県郡擬大領直浦主 下県郡擬大領直氏成 上県郡擬少領直仁徳 『新撰亀相記』によれば、上県郡に直氏と卜部氏、下県郡に直氏と卜部氏と夜良直氏がおり、上下の直氏を国造としている。
うらべ の けんこう)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての官人・遁世者・歌人・随筆家。日本三大随筆の一つとされる『徒然草』の作者。私家集に『兼好法師家集』。 治部少輔・卜部兼顕の子。卜部兼名の孫。鎌倉および京都に足跡を残す。旧来、吉田神社の神官の家系である吉田流卜部氏の系譜に連なると考えられてき
『今昔物語集』巻27 - 43には、頼光の郎等平季武、産女にあひし話がある。 暗夜に平季武が馬で川を渡っていると、川の中程に産女がいて「これを抱け」と言って赤子を渡す。季武は赤子を受け取り、岸へ向かう。産女は「子を返せ」と言って追うが、季武は取り合わずに陸へ上がる。館へ帰って見ると、赤子は木の葉に変じていた。