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年号(1028.7.25-1037.4.21)。 万寿の後, 長暦の前。 後一条・後朱雀(ゴスザク)天皇の代。
916年(大正5年)8月8日没、享年70 江目金太郎 - 高八十石、御家人、静岡学問所五等教授、1871年(明治4年)9月17日没、享年25 小笠原鎚太郎 - 四百石の旗本、大御番、1895年(明治28年)12月19日没、享年69 小野忠義 - 高二百俵、旗本、大御番、慶応3年狙撃隊、相良勤番組二
に尽くし、盗賊の捕縛などの記録のある人物で、在世中に良吏であると名を馳せたという。 藤原頼通と親密であったとする逸話がある。 『尊卑分脈』から 父:源守隆 母:不詳 妻:不詳 男子:源盛長(?-?) 男子:源長俊(?-?) 男子:源守俊 男子:源盛雅(?-?) 男子:寛厳 男子:仁厳 ^ 『古事談』
正月30日:和泉守を兼ぬ(蔵人巡)。 10月16日:右中弁に転ず。 長元9年(1036年) 正月7日:従四位下に叙す。 2月27日:従四位上に叙す(去年中宮行啓斎院賞追申之)。 4月18日:斎院長官を止む。 長暦2年(1038年) 6月25日:権左中弁に転じ、和泉守を辞す。 12月21日(1039年1月18日):正四位下に叙す(行幸春日社行事賞)。