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足守(あしもり)は、岡山県岡山市北区にある大字である。以前は上足守(かみあしもり)と称した。旧吉備郡足守町域にあたる足守地域センター管轄域の一部であり、同地の中枢的地区で、同センター所在地である。また岡山市立足守小学校・岡山市立蛍明小学校・岡山市立足守中学校の学区内であり、連合町内会・コミュニティ協議会の区域は足守(あしもり)である。
000石。譜代。 忠時 忠囿 忠位 忠言 忠喬 忠禄 忠文 忠行 戸田家 川上広樹(家老) 田崎草雲(藩士) 長屋門(陣屋大門)市内旭町 阿部家に移築 陣屋屋敷神 家富稲荷神社が現存 下野国 都賀郡のうち - 7村 梁田郡のうち - 3村 足利郡のうち - 9村 武蔵国 埼玉郡のうち - 5村
は松川藩と改められる。翌明治4年(1871年)の廃藩置県で松川藩は廃藩となり、その所領は松川県となる。その後、磐城国内の旧藩領は白河県・磐前県を経て福島県に編入され、常陸国内の旧藩領は新治県を経て茨城県に編入された。 守山松平家 親藩 2万石 松平頼元 松平頼貞 松平頼寛 松平頼亮 松平頼慎 松平頼誠
守谷藩(もりやはん)は、下総国相馬郡守谷(現在の茨城県守谷市)を居所として、徳川家康の関東入部から江戸時代前期まで存在した藩。土岐定政(菅沼定政)が1万石で入封し、1617年に2代目の土岐定義が摂津国高槻藩に移封された。その後、3代目の土岐頼行が1619年に領地を相馬郡内1万石に移されているが、頼行