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藩庁・中津山所の縄張が中津山・寺崎の両村域にまたがっており、その町場は気仙道の寺崎宿にあたることから、町場の名称を優先したものである。 なお、一部にこの藩の名称を水沢藩とするものがあるが、これは藩主・村和が立藩直前まで水沢伊達家当主(当時の諱は顕孝→村任)であったために、水沢
伊賀郡 - 61村 明治維新後、山辺郡1村が柳生藩領から柳生藩・津藩の相給となって領地に加わった。 久居藩(ひさいはん)は、伊勢国久居周辺(三重県旧久居市、現在は合併により津市)を支配した津藩の支藩。 寛文9年(1669年)、津藩の第2代藩主・藤堂高次が隠居して家督を子の藤堂高久に譲ったとき、次男
その藩のうち。 同藩。
移封となる。入れ替わりで土井利益が7万石で入り、利益から4代目の土井利里のとき、下総国古河藩へ移封となる。代わって水野忠任が三河国岡崎藩より移されて6万石で入った。1771年、水野忠任が科した農民への増税を契機に、虹の松原一揆が起こり、農民は無血で、増税を撤回させる