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地図・空中写真閲覧サービスの1948年や1953年の米軍撮影航空写真 USA-R249-36/USA-M228-72では、既に跨線橋が西口まで伸び、建家も確認できる。 ^ 幌別駅が面目一新『交通新聞』交通協力会、1978年4月6日、02面。 ^ “アイヌ語地名リスト ホロナ~モオ P121-130”. アイヌ語地名リスト. 北海道
1968年(昭和43年)4月17日に完成した。 北海道庁企業局が管理を行う室蘭地区工業用水道で堤高:22.5m、堤頂長:366.0mのアースダム(中央土質遮水壁土石フィルダム)である。 日量115,000m3の工業用水を室蘭地区の工業地帯(鉄鋼・石油精製プラント)へ向けて総延長距離:36.04kmの給水配管で加圧・圧送する。
る。幌泉の名は襟裳岬のアイヌ語名(ポロ・エンルム=大きい岬)に由来するとされ、漢字表記は幌泉のほかに保呂泉、保老泉、縨泉などが見られる。なお、幕府の通辞だった上原熊次郎は著作の蝦夷地名考并里程記(1824年)で、ポン・エンルム=小さい岬にちなむと記しており、現在の本町大和の砂崎を指すとみられる。
同年、発寒村から手稲村が分村。 明治6年(1873年) 雁来村が成立。 白石村の低湿地にあった30戸が豊平川沿岸に移転、新白石村と通称する。 明治7年(1874年) 豊平村が成立。 嘗ての辛未一の村を中心とした区域に山鼻村が開村。 白石村から新白石村(のちの上白石村)が正式に分村。 手稲村から下手稲村が分離して成立、残部は上手稲村と改称。