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『弁内侍日記』(べんのないしにっき)は、鎌倉時代の女流歌人で、藤原信実の娘にあたる弁内侍によって記された日記である。 1246年(寛元4年)から1252年(建長4年)までの宮廷生活についてが、弁内侍の和歌とともに描かれている。ただし、写本を含めた現存本のほとんどは破損が著しく、例えば『井蛙
律令制で, 内侍司の職員である尚侍(ナイシノカミ)・典侍(ナイシノスケ)・掌侍(ナイシノジヨウ)の総称。 本来は天皇の日常生活に供奉(グブ)する女官であるが, 平安中期には, 妃・夫人・嬪(ヒン)ら天皇の妾に代わる存在となり, また, 単に内侍といえば, 掌侍をさし, その筆頭者を勾当(コウトウノ)内侍と呼ぶようになる。
主殿の中に設けた警護の武士の詰め所。 うちざむらい。
内弁(ないべん)とは、即位式や朝賀・節会・射礼などの朝廷における重要行事の際に、会場が大極殿であれば会昌門、内裏であれば承明門の門内にあって、門の内側における諸事に対する責任者である公卿のこと。 儀式が行われる大内裏の中でも主会場である大極殿や内裏の内部を取り仕切る内弁