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つ、医王院において、平治の乱で落ち延びてきた頼朝が匿われたのが一因という。ただし、3年も匿われたという点で疑問も残る。なお、近世に記された地誌『三河刪補松』では、鎌倉幕府の有力御家人で三河守護でもあった安達盛長が建立した三河七御堂の一つとして鳳来寺弥陀堂を挙げている。
品は本廟塔の他は知られないが、鎌倉時代初期に来日した中国明州出身の石工のひとり伊行末の末裔と考えられている。廟塔は花崗岩製で塔身、受座、亀趺、台座からなり、亀趺は方座から亀の頭尾四足を出した珍しい形である。塔身部分の二重垂木、扉部など細部に至るまでこの時期の木製廟塔の特徴を精巧に模したもので、相輪
浅野長晟公賛徳碑 亀に乗った亀甲仕様の神道碑。 瑤泉院の像 1999年建立。像が義士堂に向かい手を合わせている。雨曝しになるのと、義士堂内には瑤泉院の木像もあるので自分自身を拝んでいるのはおかしいなどの批判もされている。 浅野長治公の像 初代三次藩主浅野長治、同じく三次観光協会により1999年建立。
まみれの石地蔵は、1本の線で繋がっていてもおかしくはない。 当寺の境内墓所に建つ石造聖観世音菩薩立像(しょうかんぜおんぼさつりゅうぞう)は、通称で、遥子観音(ようこかんのん)、美遥観音(びようかんのん)とも呼ばれる。遥子とは若くして亡くなった宝塚歌劇団出身の女優・北原遥子(本名・吉田由美子)を