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保大(ほだい)は、五代十国時代の十国のひとつ南唐において李璟の治世で用いられた元号。943年3月 - 957年。 プロジェクト 紀年法 他政権の保大
と、李煜が江寧で即位した。このことで、首都は再び江寧に戻った。李煜は、宋の太祖(趙匡胤のこと)に、父の李景を皇帝として弔ってもよいかと奏上した。太祖はこれを許し、李景は皇帝として弔われることになった。 宋の太祖は中国統一を目指し、各国を理由をつけては滅ぼしていった。南唐の南方に割拠した南漢が971年
って、重ねて編集撰述を加え、そのまま『南唐書』と名付けた。陸游がこの書を撰述する時に掲げた修史原則は、耳目の接する所を以て、隧碑(すいひ)・行述の諛辞(ゆじ)を察し、衆論の存する所を以て、野史・小説の謬妄(びゅうもう)を刊(かん)す。天下の公を取って、一家の私を去るものであった。当該書の叙述は簡
のことを記す。 馬令はまた欧陽脩の『新五代史』の春秋の筆法に倣い、巻首・文末の序・論は多く嗚呼で始めるので、読んでいくと読者をうんざりさせる。後人の評価は高くなく、胡震亨は、「私は初めて馬令の『南唐書』を手に入れた。政治の話を酒の肴にでもしようと思っただけの