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威厳と徳望。 勢力があり, しかも徳の高いこと。
威徳王(いとくおう、525年? - 598年12月)は、百済の第27代の王(在位:554年 - 598年)。先代の聖王の長子。 諱は『三国史記』百済本紀・威徳王紀では昌、『三国遺事』王暦では高、または明。554年7月に先王が戦死したので王位についた。『日本書紀』によれば、生年は525年頃と推測され、
大威徳明王(だいいとくみょうおう)、梵名ヤマーンタカ(यमान्तक [yamāntaka])は、仏教の信仰対象であり、密教特有の尊格である明王の一尊。五大明王のなかで西方の守護者とされる。 梵名のヤマーンタカとは『死神ヤマをも降す者』の意味で、降閻魔尊ともよばれる。またヴァジュラバイラヴァ(vajrabhairava
威徳流(いとくりゅう)は能楽大鼓方の廃絶した一流儀。幸流とも。 伊勢国の人観世四郎次郎が芸祖とされる。18世紀中期の『隣忠見聞集』に甚左衛門、源四郎、源三郎、今の甚左衛門といった役者名が挙がり、『三井寺』の「三井寺の威徳ぞめでたかりける」のくだりで打った頭が見事であったため流儀の名としたと伝えるが、真偽不詳。