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1967年(昭和42年):北炭新幌内炭礦が北炭幌内炭礦へ統合され、連絡坑道より幌内駅側へ出炭。一部上層残炭を北炭系列の北斗興業株式会社が譲り受け、新三笠炭礦設立。旧新幌内炭礦の施設を利用し当駅から運炭。 1973年(昭和48年)8月30日:北斗興業新三笠炭礦閉山。専用線廃止。 1981年(昭和56年)5月25日:貨物・荷
の餓鬼山、奥鐘山、黒部川右岸へと続く。 不帰嶮 北側の主稜線は東西の両側で侵食により険しいやせ尾根となっていて、不帰嶮(不帰ノ嶮、かえらずのけん、不帰岳、かえらずだけ、標高2,614 m、山頂から北0.6 km)と呼ばれている。ここは1933年(昭和8年)以来、ロッククライミングで知られる。 不帰
神仏分離の際に愛宕神社と唐松神社の二社に分社され、当初は物部氏の邸内神社とされたが後に郷社となった。 平安時代を起源とする蛇頭神楽が大仙市指定無形文化財、室町時代のものとされる奥殿と木造獅子頭が秋田県指定有形文化財、江戸時代に植林された参道のスギ並木が秋田県指定天然記念物である。
唐松駅 (からまつえき)は、かつて樺太豊原市に存在した樺太庁鉄道東海岸線の駅である。 1911年(明治44年)1月1日:樺太庁鉄道のリスト荷客扱場として開業。 1911年(明治44年)3月29日:唐松駅に改称。。 1922年(大正11年)1月16日:豊南駅開業により廃止。 樺太庁鉄道 東海岸線 中里駅