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上野景文(杏林大学客員教授・06年駐バチカン大使・01年駐グアテマラ大使) 大木正充(07年駐アゼルバイジャン兼グルジア大使・04年駐クウェート大使・駐イエメン大使) 小溝泰義(13年広島平和文化センター理事長・10年駐クウェート大使) 夏井重雄(08年駐カザフスタン大使) 河東哲夫(02年駐ウズベキスタン大使)
玉鬘・初音・胡蝶』 古典文庫 1953.8. 『評注源氏物語新講 桐壺~若紫』 武蔵野書院 1955.2~56.9. 『影印本 御物本更級日記』 武蔵野書院 1955.9. 『小夜衣』 古典文庫 1957.2. 『日本古典文学大系 落窪物語』 岩波書店 1957.8. 『評注 源氏物語 夕顔・若紫全釈』 武蔵野書院
見の戦いでは旧幕府軍に与して薩摩藩・長州藩の軍勢と戦ったため、戦後に新政府から朝敵とされて頼聰は官位を剥奪された。このため、頼聰は一門の松平頼該(頼胤の庶兄)らを中心に藩のとるべき道を討議させ、官軍を迎え討つという藩論をおさえ、官軍恭順にまとめた。そして1月18日に責任者として執政の小河又右衛門久成(おごう
して石見半紙、養蚕業などの殖産興業化を推し進めて藩財政を再建した。安政元年(1854年)12月15日、従四位下侍従・右近将監に叙任される。 幕末期の動乱の中では、慶喜の弟であることから佐幕派に与した。慶応2年(1866年)の第二次長州征討に参加したものの、4月に大病で倒れていた武聰は病に臥し