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高向氏(たかむくうじ)は、高向を氏とする氏族。 姓は臣(おみ)後に朝臣(あそん)。石川氏同族である。 高向氏は、 河内国錦部郡高向(現在の大阪府河内長野市高向)を本拠地とした豪族で、『新撰姓氏録』に「石川同氏、武内宿禰六世孫猪子臣之後也」とあり、蘇我氏・河辺氏・田中氏・小治田氏らと同祖とされる
『尊卑分脈』 ^ 『今昔物語集』巻31第3話湛慶阿闍梨還俗為高向公輔語 ^ 『玉葉』仁安3年3月14日条 ^ 小原仁「高向公輔(惟修、湛慶)説話の伝承寸感」(小原仁 編『変革期の社会と九条兼実 『玉葉』をひらく』勉誠出版、2018年、所収) ISBN 978-4-585-22217-0 pp327-336
高向 玄理(たかむこ の くろまろ- 白雉5年〈654年〉)は、飛鳥時代の学者。名は黒麻呂とも記される。姓は漢人のち史。冠位は大錦上。 高向氏(高向村主・高向史)は応神朝に阿知王と共に渡来した七姓漢人の一つ段姓夫(または尖か)公の後裔で、魏の文帝の末裔を称する渡来系氏族。一説では東漢氏の一族とする
高向 麻呂(たかむこ の まろ)は、飛鳥時代の公卿。名は摩呂とも書く。姓は臣のち朝臣。刑部尚書・高向国押の子。官位は従三位・摂津大夫。 天武天皇10年(681年)小錦下に叙せられる。天武天皇13年(684年)遣新羅大使となり、新羅に遣わされる。同年10月の八色の姓の制定により、臣から朝臣に改姓する。